第2章 大学後半~20代後半編

 

 

注:この章は第1章と
うって変わって
暗く暗く暗いです(笑)

それと、

申し訳ないのですが
私、20代の写真を
全て処分しており
持っておりません。

 

ですので、
途中に出てくる画像は
イメージ画像になります。

 

 

 

■大学生後半編。

 

ダンスインストラクターに
なるところで第1章が
終わりましたね。

 

その時、ちょうど20歳を
迎える年でした。

 

 

これから自分の将来とか
真剣に考えていかないと
いけないのに

 

何を血迷ったのか
ダンスインストラクターに
なれたことで

 

【ダンスの才能がある!】

 

という勘違いが起こります。

 

 

気がつけば小さい頃の
夢としていた

 

『学校の先生』には
見向きもしませんでした。

 

 

 

通っていた大学では
教職課程を取る事が
できたのですが

通常よりも多くの単位を
取る必要があるので

 

「面倒臭い。」

という理由から
教職過程は取りませんでした。

 

 

もし、この時しっかりと
自分の人生と向き合い

 

教職課程を取り
教職の道を進んでいれば…。

 

少年は【普通の人生】を
歩めたのかもしれません。

 

 

 

ダンス勘違い少年は

 

「母ちゃん!ダンス王に俺はなる!」
というぐらいの勢いで

 

将来はダンスで食べていく
と言い張っていました。

 


出典:2018年に日本公開40周年を迎えた映画
「サタデー・ナイト・フィーバー」
TM & Copyright (C) 1977 Paramount Pictures.
All Rights Reserved.TM, (R) & Copyright (C)
2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.


 

 

母親からは

「ダンスではご飯は食べられへん。」

 

と常々言われていましたが
少年は聞く耳持たずでした。

 

 

※親という存在は自分が
成長していくにつれて
煙たい存在になります。

 

でも、
よくよく考えてほしいのが

 

【一番身近な人生の先輩】

 

だから、

頭ごなしに親の意見を
はね飛ばすのではなく

 

 


なぜ?どうして?
そういう意見を持つのか?

話しを聞けばよかったと
今になれば思います。


 

 

この頃は

「ダンスの事何も分からんくせに!」
という超生意気な口応え…

 

↑ ↑ ↑ ↑ ↑

 

少年よ。お前もダンスの事は
何も知らんだろうがぁー!!

 

 

 

大学3回生になり
ぼちぼち就活が始まる時期。

 

でも、

 

ダンス王になるつもりでしたから
就活なんて全く見向きもせず
ダンスダンスダンスでした。

 

 

 

そんな少年にある出来事が
起こります。

 

 

 

 

【初めての彼女ができた】

 

 

 

 

21歳になるであろう
少し前の時期でした。

 

 

初めての彼女に
少年は有頂天になり

 

ダンスそっちのけで
彼女との時間を選びます。

 

↑ ↑ ↑ ↑ ↑

 

少年よ。そんな状態で
ダンス王になれると
思っているのかぁー!!

 

 

そして、

 

 


ついに少年の人生を
大きく大きく変える
出来事が起こります。


 

 

 

 

【彼女が妊娠してしまった】

 

 

 

少年の頭の中は
真っ白になり
もうどうしていいのか
分からなくなりました。

 

 

まさか、自分自身が。
まさか、こんなことが。

 

 

 

それから、彼女と話をして
【結婚することを選びました】

 

 


『付き合ってから3ヶ月で
できちゃった結婚。』


 

 

本当にただのバカです。
人生をなめてますよね。

 

 

 

この結婚に際して
どちらの両親も
反対という声はなく

サポートするから
頑張りなさい。

と優しい言葉を
もらいました。

 

 

ですが、
バカ少年は大学生。

 

「親から大学は出てくれ!」
と言われました。

 

大学3回生までは真面目に
単位を取っていたので

4回生はほぼ授業に出なくて
いいのが幸いでした。

 

 

結婚ということになり
新居をどうするか?

 

 

相手は一人っ子で
出産もあることから

相手の実家のすぐ近くの
賃貸を借りる事になりました。

 

少年は実家からの旅立ちです。

 

 

 

 

自分が暮らしていく環境が
いきなり大きくガラッと
変わる事になりました。

 

相手は身重のため
実家で生活することが多く
少年はマスオさん状態でした。

 

 

付き合って3ヶ月で
できちゃった結婚です。

 

お互いがお互いの事を
理解しているはずもなく
喧嘩になることも多かった。

 

 

でも、

 

住んでいるのは
相手の実家ですから

少年はアウェー状態(笑)

 

 

2人の喧嘩だったのに
相手が親に言いつけたり。

 

なんてこともあり
肩身がせまく遠慮の堪えない
生活が続きました。

 

 

 

 

そして、

大学4回生の夏。

 

 

 

 

【子どもが産まれました】

 

 

 

 

自分の子供が誕生したのに
少年の心は複雑でした。

 

出産は、ほとんどの人の
人生の中でも一番というぐらい
喜ばしい瞬間であるはずです。

 

そういう瞬間にならないと
ダメなんです。

 

でも、

少年にとっては違いました。

 

 

もう、後戻りできない。
という覚悟があるだけでした。

 

 

 

 

それ以降の少年には

 

・大学生
・ダンスインストラクター
・バイト
・父親
・子育て

 

という自分がおりました。

 

 

大学に行って自分と同じ
年齢の男女を見て
いつも思っていたのは

自分と同じ年齢でも
この子達とは違うんだな…。

 

なんか普通の大学生が
羨ましかったんです。

 

↑ ↑ ↑ ↑ ↑

 

少年よ。自分のせいなんやで。

 

 

 

それから、気がつけば
大学も無事に卒業となりました。

 

卒業したはいいけども
就活もしてこなかった…。

 

生活は?仕事は?
どうするの?

 

という問題に差し掛かります。

 

 

 

 

 

■20代前半編。

 

大学を卒業するあたりから
借りている家での生活が
本格的に始まりました。

 

でも、

生活のためには収入を
得なくてはいけません。

収入を得るためには仕事に
就かなくてはいけません。

 

 

ダンスインストラクターも
大切な収入源の一つですから
変わらず続けていました。

 

 

では一体、

この少年には何があったのか?

 

 

 

『突出する事は何もありません』

 

 

 

人と少し違うことは
ダンスインストラクターを
しているという事だけです。

 

 

 

こんな状況だったからこそ
自分の拠り所をダンスに
求めてしまいます。

 

 

【ダンスが続けられる仕事を】

 

 

考え方がダンス中心でした。

 

 

 

何の突出するものもないので
そのままでは仕事もなく
資格を取る事になりました。

 

取得の期間が短い。
という理由で

 

『ホームヘルパー2級』
の資格を取得しました。

 

 

介護に興味があったか?
介護をしたかったか?

 

 

そんな思いは全くありません。

 

 

 

介護の仕事の
ディサービスなら
夜勤などもなく
ダンスが続けられる。

 

という事柄が頭を
よぎっていました。

 

 

 

 

そんな都合の良い
ウマい話がなんと
あったみたいで

 

ダンスの仕事場所の
すぐ近くのディサービスに
仕事が決まりました。

 

 

 

バイトに近い条件でしたが
ダンスができるのであれば
言う事なしでした。

 

 


人は
『自分自身』

というものを
考えるときがあります。

 

少年にとって
結婚してから

『本当の自分』は
ダンスしてる瞬間だけ。

そう感じていました。


 

だから、

 

 

ダンスを辞める事は
自分自身を辞める事に
繋がったんでしょうね。

 

 

 

そのディサービスの仕事は
約1年真面目に続けました。

 

利用者さんからも
若い父親ということで
可愛がってもらえました。

 

そのまま続けていたら
正社員にもなって
いったでしょう。

 

 

でも、

自分の将来を考えて
このままでいいのか…。

と考えた末に
辞める事にしました。

 

 

 

Q:どんな将来を考えたの?

 

A:ダンスで食べていく!

 

 

やはり少年の頭の中は
ダンスしかありませんでした…。

 

 

 

ディサービスを辞めてから
中古CD屋さんのバイトを
始めました。

 

 

それに伴い

 

スポーツジムや
他のスタジオに面接に行き

インストラクターの仕事を
増やしていきました。

 

 

昼はCD屋さんで
夜はインストラクター
という掛け持ち状態でした。

 

 

 

この時、

社交ダンスのスタジオで
HipHopダンスを
教えていたのですが

 

 

ここで一つの
大切な出会いがありました。

 

大人向けのダンスと
キッズダンスを
教えていました。

 

このキッズダンスに
知的障がい(ダウン症)
を持つ女の子が来ていました。

 

 

キッズダンスには
始めは何人か居たのですが

 

気がつけば
他の子供は辞めてしまい

 

その女の子1人だけ
という状況になりました。

 

 

 

1人だけになってしまうと
嫌になり辞めてしまう。

という流れが普通なんですが

 

 

この子はずっと来てくれました。
本当に、ただただ嬉しかった。

 

 

 

★この子とのエピソードで
忘れられない事があります。

 

レッスンの休憩中にいきなり

「なぁ~パパ?CD見せて?」
と言われました(笑)

 

 

「CD見ていいけど、
パパじゃないで(笑)」
と大爆笑でした。

 

その後にも何度も

「なぁ~、パパ?」
という流れはありましたよ(笑)

 

 

 

 

 

■20代中盤編。

 

正社員やバイトであれば
ある程度働けば、
相応のお給料が入ります。

ダンスインストラクターは
生徒さんが減れば
先月と同じ仕事量でも
同じ給料になりません。

 

 

最初の頃は、

バイト+インストラクターで
生活はなんとかでした。

 

 

それが、

半年を過ぎた辺りから
生徒さんが減っていきました。

 

バイトの収入は変わらないけど
ダンスの収入が減っていく。

 

 

半年前と同じだけ
働いているのに…。

 

 

 

気がつけば
子供も大きくなってきて

 

共働きだったので
来年ぐらいから保育園に
入れるかどうかという感じ。

 

 

経済的にも困窮して
家庭でも喧嘩が多く
なっていきました。

 

このままではダメだと思い
バイトを辞めて
もっとしっかり働ける
場所に移ろうと考えました。

 

※CD屋さんのオープンは
11時ぐらいだったので
働ける時間が短かったし

週に入れる日にちも
そこまで多くなかった。
感じだったと思います。

 

 

 

といっても

【ダンスは捨てられない】

 

 

 

ダンスが続けられる仕事はないか。
その考えは変わりませんでした。

 

 


ただ前と違うのは

働くのであれば
どういう所で働きたいか。


 

を自分なりに考えました。

 

 

 

その時、
心をよぎったのは

 

 

キッズダンスに来てくれていた
ダウン症の女の子の事でした。

 

 

 

直接ではないけれど
何か恩返しがしたい。

 

と思い

『障がい者施設の仕事』
を探しました。

 

※ホームヘルパー2級は
所持していましたので。

 

 

 

でも、

 

そんな都合の良い
ウマい話がなんと
あったみたいで(笑)

 

ダンスの仕事場所の
少し離れた所の作業所に
仕事が決まりました。

 

 

 

そこで、約2年半
お世話になりました。

 

 

朝から夕方まで
作業所で働いて
夕方からダンスを教える。

 

家に帰ってからと
休みの日には子育て
という感じでした。

 

ここで少年に質問です!

Q:将来はどうお考えですか?

 

A:どうしたいのか。
どうすればいいのか。
もう分からない…。

 

 

 

なんとも無責任な話です。

 

・将来どうしたいとか。

・これからどう仕事を
展開していくのかとか。

・人生をどうしたいとか。

 

そんな事を考えられず
ただただ毎日の流れを
こなしていくだけに
なっていきました。

 

 

 

もっとダンスの仕事を
増やせるようにするとか。

と考える余裕もなく
淡々と過ぎていきました。

 

 


人生は私たちに
【変化を求めてきます】

 

『今の状況のまま』
ずっと過ぎてはくれません。

 

 

そして、

 

 

自分自身から進んで
変化しない時には

人生は容赦なく強制的に
私たちの人生が変化するよう
働きかけてくるんです。


 

 

 

 

★プライベートな話題を
少し挟んでおきますね。

 

①私自身の1ヶ月のお小遣い
【昼飯代込み 1万円】

 

自分が稼げてないのが
一番の責任ではありますが
昼飯代込みです(笑)

 

 

【リアル1ヶ月!
1万円生活!】

 

 

 


出典:bokete


 

なので、

 

昼ごはんは家から
超特大おにぎりを持参して

職場近くのスーパーや
コンビニなどで

『¥100分おかずを買う!』
という感じでした(汗)

 

 

ダンス前とかは
お腹が空くと動けないので
安いパンを買って
空腹を凌いでいました。

 

間食を買うとか
そんな余裕はありません。

 

 

インストラクターの仕事の
時間まで空きがある時も

 

マクドなどに行く余裕もなく
駅のホームで時間が経つのを
ただ待っていました。

 

冬は寒かったよ(笑)

 

※この生活は約7年ぐらい
続いていく事となります(驚)

 

 

 

そういえば、

 

職場の人に持参した
おにぎりを見られて

 

「おにぎり凄いな(笑)
爆弾おにぎりやな!」
と笑われました(笑)

 

 

まさにそう!サイズが!
『爆弾おにぎり』でした。

 

 

でも、

 

こういう生活を長く
続けてきたせいか

 

ほんの少しの事でも
幸せを感じられる自分が
現在、ここにいます(笑)

 

 

 

 

 

②『普通が』羨ましかった。

 

作業所の仕事が終わり
ダンスの仕事に向かう時に

電車の中で帰宅途中の
サラリーマンの方を見て

 

「毎月の給料の心配とか
生活の心配とかしなくても
いいんだろうなぁ…」

 


『普通の生活』に憧れ

羨ましく思っていました。

 

 

もう、自分にとっては
【手に入れられないもの】
と感じましたから。

↑ ↑ ↑ ↑ ↑

 

少年よ。そう思う全ての責任は
君のせいなんやで。

 

 

 

 

 

■20代後半編。

 

いよいよ生活自体が
困窮を極めました。

全てのバランスが崩れて
自分の収入が大きく
減っていきました。

 

ここにきて

【ダンス中心の生活を諦める】
ことを考えました。

 

 

 

そんな事を言ってる場合では
無くなったんですね。

 

 

お世話になった作業所を辞め
正社員として働ける場所を
探しました。

 

 

 

長らく介護畑におりましたから
介護職しかないと思いましたが

 

【介護の現場は嫌だ!】
という我がままな考えもあり
どうするか悩んでいました。

 

 

そんな時、

 

介護の仕事でも
『介護用品』を扱う仕事が
ある事を知りました。

 

 

 

 

存在を知ったからと言って
中途採用で正社員として
雇ってくれる職場があるのか?

 

 

 

 

そんな都合の良い
ウマい話がなんと
あったみたいで

 

 

2次面接まで残った結果。

 

『福祉用具専門相談員』
として採用が決まりました。

初めての正社員で
初めてスーツで仕事です。

 

 

※この状況でもやはり
ダンスは手放せず
月に2回だけ土曜の夜に
レッスンをしていました。

 

 

 

正社員として働き始め
収入もある程度の

決まった額を
確保できるように
なっていったのですが

 

プライベートの方は
もう取り返しがつかず
音を立てて崩れていきました。

 

 

 

約7年の結婚生活に
終止符が打たれました。

 

 

 

【離婚です】

 

 

 

 

 

 

◆結婚生活について

 

約7年を振り返ると
正直、最初から荒波でした。

 

付き合って3ヶ月で結婚。

 

相手の性格なんて
全く分からなかった。

 

それに本人たちが
まだまだ精神的に
子供でしたからね。

 

 

結婚生活が始まれば
【お互いの価値観の違い】
から喧嘩ばかり。

 

子どもが産まれてからも
その状況は変わらず
子供の前でも喧嘩です。

 

 

 

ただ、私自身
子供との関係は良好でした。

 

 

仕事が休みの日は
一日中、子どもとの時間。

 

2人だけで公園に行ったり
ホットケーキを作ったり
録画したビデオを見たり

 

お金がないながらも
できる楽しみを
最大限子供のために
していたと思います。

 

 

自分にできる事は
【子供のために時間を使う事】

 

 

お風呂に入るのも
ずっと一緒でしたし

寝かしつけるのも
自分の役目でした。

 

 

 

そんな生活でしたから

 

気がつけば友達付き合い
は全くありませんでした。

たまに、

 

歳の近い男性の生徒さんと
飲みに行くぐらいでした。

 

※もちろん飲み代は
あの1万円から捻出です!
子供との遊び代もね(笑)

 

 

 

子供が自分の分身

というか

【自分の半分】であり

 

 

【自分にとっての唯一の味方】

理解者のように
感じていました。

 

 

なんか変な感じですね。

 

 

それぐらい
本当に大切な存在でした。

 

 

 

離婚することになり
子供には本当に
申し訳なかった。

 

でも、

 

 


『離婚しても必ず
子供との時間は作る。』
と決めていました。


 

 

ですがこの時、

 

 

【子供との時間自体が無くなる】
とは知る由もありませんでした。

 

 

第3章 20代の終わり編。